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The Illusionist  幻影師アイゼンハイム

アメリカ映画 (2006)

19世紀のマジックの黎明期に起きた、マジシャンと公爵令嬢の恋を描いた非常にトリッキーな映画で、アーロン・ジョンソン(Aaron Johnson)が主人公アイゼンハイムの少年時代(15歳前後)を演じている。マジシャンを描いた映画には、最近作だけでも『プレステージ』(2006)、『イリュージョニスト』(2010)などがあるが、この映画は別格である。そこで演じられるマジックはきわめて幻想的で美しく、映画の中で進行するメインストーリー自体が一つの大きなトリックになっている点で異色である。アイゼンハイムが舞台で見せるマジックは、DVDの特典映像では、実行可能でカメラトリックは極力使ってないような言い方をしているが、これはとんでもない「嘘」である。映画の最初に出てくる「オレンジの木」のマジックは、ロベール・ウーダンのマジックに「少し手を加えただけ」ということだが、ロベール・ウーダンの「オレンジの木」は、https://www.youtube.com/watch?v=-Ht_afydffk で再現されているように、鉢植えになったオレンジの木に、ただ花が咲いて実がなるというだけのもので、映画のように、「種→苗→だんだん大きく育って→葉が茂り→実がなる」のようなものではない。ただの簡単なオートマトンにすぎない。アイゼンハイムが皇太子レオポルドの怒りを買った「アーサー王の剣」のマジックも実行不可能だし、アイゼンハイムが自ら劇場を買ってから出し物とする死者との交流も、カメラトリックでしかできない非現実的なものだ。それにもかかわらず、この映画に惹き付けられるのは、暗い光の中で演じられる一種の「魔法」の怪しく艶やかな美学に圧倒されるから、そして、少年少女時代に家具職人の息子エドゥアルトと公爵令嬢ゾフィーが交わした約束を、ある程度実行可能な奇術を使って実行に移そうとする大胆さに惚れ込んでしまうからだ。話は逸れるが、少年が主人公のマジシャン映画で本格的なものは『マジック・ボーイ』(1982)が一番優れていると思う。こちらは正統派。いつか紹介する。

映画の舞台となるのは、オーストリア・ハンガリー帝国の首都ウィーン。アイゼンハイムの敵役となる皇太子レオポルドは、実在の皇太子ルドルフ(1858-89)を大胆に改変した架空の人物。ルドルフは、男爵令嬢マリー・フォン・ヴェッツェラと謎の死を遂げたマイヤーリンク事件で有名だが、奇しくも皇太子レオポルドも婚約相手のテシェン公爵令嬢ゾフィーが「死に」、殺人容疑をかけられ自殺する。父親のフランツ・ヨーゼフ1世と対立するところも似ているが、ルドルフが自由主義の影響を強く受けて庶民的だったのに対し、映画のレオポルドは極めて貴族主義的、かつ、高圧的。テシェン公爵家も実在する名家だが、皇太子ルドルフと同年代のテシェン公(1847-95)の娘はイザベラ(1871–1904)で、ゾフィーという娘はいない。すべて架空の人物をもって来たのは、物語の展開があまりに衝撃的だからであろう(実在の人物だと自由に脚色できなくなる)。以下のあらすじは、アイゼンハイムの少年時代、まだエドゥアルトと名乗っていた頃の生い立ち部分の紹介に限定する。この部分は、語り手のウール主任警部の回想という形をとっているため、映像の周辺がぼかされたり、色彩が極度に黄変していたりする。通常の色彩に近付けたが、不自然な感じが残る場面もある。

アーロン・ジョンソンにとっては、このサイトの紹介上限17歳以前では最後の作品となる。1本前の『どろぼうの神さま』と同年の公開だが、こちらの方がより大人に近付いている。撮影時は15歳だと思われるが、アーロンは年齢の割に背も高く大人になるのが早い。


あらすじ

映画の冒頭、40歳のアイゼンハイムの最後の舞台が描かれる。内容如何によっては詐欺から公共秩序妨害、帝国に対する脅威の罪状まで課せられることになる重要な場面だ。交霊マジックが行われる劇場内にはウィーン市の警官が多数動員されている。それを指揮するのはウール主任警部。それを直に命令したのはオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子レオポルドだ。ウールはアイゼンハイムに好意的で、無謀なことをするなと事前勧告したにもかかわらず、アイゼンハイムは挑発的な交霊マジックを行う。ウールは罪状を大声で宣告し(映画開始後4分11秒)、アイゼンハイムを逮捕し、皇太子にその報告に行く。その時、「あの者の過去についても、何か把握しているのであろう?」と訊かれ、「はい、そう思います」と答え、過去への回想に入って行く。回想は、皇太子に対する説明ではなく、映画の観客を対象にした独白だ〔レオポルドは非常にせっかちで、平民出の警部の話を長々と聞くような人物ではない〕。だから、日本語版DVDの吹替えverで、皇太子に対して説明するような口調になっているのは全くの間違い〔字幕の方は正しい〕。さて、ウールによる解説は、「確かに、我々は彼の過去をよく知っている。彼を知るほとんどすべての人間に話をきいたから」から始まる。ここで、家具職人の父と一緒に働いている、エドゥアルト(後のアイゼンハイム)が映される(写真)。ただ、このイントロダクションは、後から観返すと非常に不自然だ。というのも、映画の後半1時間27分55秒にウールは、同じ宣言をしてアイゼンハイムを逮捕しようとするが、アイゼンハイムは交霊で出現させた公爵令嬢の亡霊と同様、消えてしまい、それ以来、彼の行方はようとして知れない。だから、「アイゼンハイムを逮捕し、皇太子にその報告を言いに行った」ということはあり得ない。それどころか、ウールはアイゼンハイムの仮の住居に捜査に赴いた時、そこで皇太子による令嬢殺害の証拠を発見。皇太子の部屋を訪れるのは、その報告(皇太子による公爵令嬢殺害、及び、政権転覆計画をフランツ・ヨーゼフ1世に伝えたという報告)をするため。従って、冒頭のこのシーンは、単にアイゼンハイムの過去を紹介するために「捏造」した、「ありえない状況」と言える。
  

ウールの説明は続く。「少年時代に、彼は旅の魔術師に出会ったとされる」。エドゥアルトが畑の間を通る道を歩いていると、木の下に見知らぬ男が一人座っている。男の存在に気付くエドゥアルト(1枚目の写真)。エドゥアルトが黙って前を通り過ぎようとすると、「おい 君」と声がかかる。エドゥアルトがそばに寄っていくと、男は左手を拡げてエドゥアルトの胸の前で何かを捕まえるフリをし、手を開くと生きたカエルがいた(2枚目の写真)。カエルを握ったまま、手を裏返し、右手で中から棒のようなものを引き出すと、それは1本の赤いバラになる。エドゥアルトの目の前でバラを振ると、それは木の笛に変わる。そして、笛を横にして右手を開くと、笛は宙に浮いて去って行った。それを見て、驚愕のあまり目を見開くエドゥアルト(3枚目の写真)。「その男自体も消えたと、話す者いる」。男が消えていく。「さらに、木も消えたとか」。木もなくなる。「実際に何があったのかは、誰にも分からない」。
  
  
  

それから、エドゥアルトはマジックを練習し始める。最初は赤い玉を消す手品だ。「周りの人々は、彼に特別な力があるのではと思い始めた。少なくとも、どこか違っていると」。エドゥアルトは、細い木の棒の上に生卵を乗せ、村の通りを歩いている(1枚目の写真)。村人は、誰しも、その不思議な光景を振り返って見ていく。「そして、彼女と出会った」。エドゥアルトが卵を乗せて慎重に歩いていると、仲間の貴族の若様3人と一緒に乗馬姿でテシェン公爵令嬢ゾフィー(英語なのでソフィーと発音している)。若様たちは、小作人のエドゥアルトを「ガラクタ野郎」とか「どぶネズミ」と呼んでからかうが、ゾフィーは好意的に見ている(2枚目の写真、矢印がゾフィー)。
  
  

ゾフィーはそのまま、エドゥアルトの後に付いていき、エドゥアルトに手品を見せてもらう。簡単なカードの手品だ。エドゥアルトがカードを扇状に開いて「1枚引いて」と言い、ゾフィーが1枚選んで取ると、「それを、中に戻して」と戻させる(1枚目の写真)。そして、「じゃあ、見てて」と言うと、左手に持った束ねたトランプの中から、先ほどゾフィーが引いたカードだけがせり出してきて、そのまま宙に浮いていった(2枚目の写真、矢印)。その時、ドアがいきなり開き、「テシェン公爵令嬢が、このような場所に入られてはなりません。ここは小作人の家です。ご身分をお考え下さい」と女官が言い、ゾフィーを連れ出す。恐らく先ほどの3人が告げ口したのであろう。馬車で連れ去られるゾフィー。走って後を追うエドゥアルト。エドゥアルトは途中であきらめて立ち止まる(3枚目の写真)。「彼女は城へ連れ戻され、2人は会うことを禁じられた」。
  
  
  

しかし、すぐに2人は工夫し、それから数年間、手だてを講じて会い続けた」。2人が森の中を走っている。向かった先は、石積みのイグルーのような所。エドゥアルトが、「中国には、何でも消せる魔術師がいるんだよ。家でも馬車でも、何でも」と憧れるように話すと、ゾフィーも「会いに行きましょうよ。一緒にいたいのに、邪魔なんかさせないから」と乗り気だ。「僕たちは誰からも見られなくなる」。「一緒に連れて行くって、約束する?」。「いつかきっと」。「いつか、一緒に逃げましょ。姿を消してしまうの」。そう言うと、ゾフィーはエドゥアルトの頬にキスをする(1枚目の写真)。お返しに、エドゥアルトはゾフィーの口唇に熱いキスをする。エドゥアルトは、ゾフィーにプレゼントしようと、自分の顔写真を仕込んだ木製のペンダントを心をこめて作る(2枚目の写真)。そして、完成すると、「秘密の開け方があるんだ」と言って渡す。中にエドゥアルトの顔写真があるのを見て、ゾフィーは「写真、欲しかったの」と喜ぶ。この会話は、非常に重要だ。というのは、これから15年の時を経て再会した2人は、この時の言葉通りに、「一緒に逃げて、姿を消してしまう」からだ。因みに、興味のある向きは、ebayで“Illusionist magic pendant butterfly”とin putすると映画と同じペンダントが一杯出てくるので、購入することは可能だが、決して安いわけではない。
  
  
  

結局、2人の密会は見つかってしまう(1枚目の写真)。エドゥアルトは、「ご令嬢に近付くな。今度やったら、お前も家族も逮捕されるぞ」と警告され、家族にまで危害が及ぶことを恐れたエドゥアルトは、ひっそりと家を出て姿をくらます(2枚目の写真)。ウールの説明が最後に入る。「次に何が起きたかは、未だに謎のままだ。分かっていることは、彼が世界各地を訪れ、名前をアイゼンハイムと変え、公衆の前に魔術師として現れたこと」「そして、失踪して15年後にウィーンに現れた」。こうして、僅か7分でアイゼンハイムの生い立ちを分かりやすく説明した上で、映画は19世紀後半のウィーンへと移行する。
  
  

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